東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に関する情報

インタビュー ~防災科学研究拠点メンバーからのメッセージ~


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重層的なフェイルセーフの効いた社会を構築するために

京谷 孝史 (東北大学大学院 工学研究科 教授)


ものは壊れないということが社会の前提だった

 私の専門は、土木工学の中でも岩盤力学とよばれる分野です。岩盤力学は、岩盤の構造を解明し、その岩盤の強度、外力を受けたときの変形などを正しく予測することで十分に安全な土木構造物を建設することを目的とする分野で、その目的を達成するための研究をこれまで行ってきました。また、最近は、これまでに作られてきた土木構造物を最新の岩盤力学の研究成果や構造力学に関する研究成果などを基にその状態を診断し、数値で評価するための課題にも取り組んできました。この研究の大きな方針は、いままでとこれからで変わるものではないと思っています。

 一方、3月11日の東日本大震災は、圧倒的な力に対しても物が壊れないような考え方で物作りをしてきた、これまでの土木工学に対する私の考え方を一変させるもので、土木工学を研究する者として、「震災後の土木工学は何をしなければいけないか」を真剣に考え、社会基盤の設計思想を変える必要があると感じたのです。

 つまり、これまでは、壊れない物を作ることが土木工学の責任でした。物は壊れないという前提で考えていたために、考えても見ないような外力が作用したときにどうなるか、仮に壊れたときどのような状況になり、それにどう対処するかという考えがが抜けてしまうとうことがわかったのです。

 今回の災害では、沿岸部の重要な社会基盤構造物が壊れてしまいました。そのような構造物も、単一の構造体としての耐震設計は十分に検討されていたはずですし、単体としての機能を保つためのフェイルセーフは考えられていたのだと思います。しかし、津波のような思いもかけなかった外力により壊されてしまうと、実は、かけておいたつもりのフェイルセーフは機能せず、立ち尽くすような状況になってしまったのです。物が壊れてしまうという状況に対して、どう対応したら良いかと言うことを考えていなかったということの現れです。

 このように、単一の機能体、組織の中で閉じた考えで物作りをしていると、単一の機能体、組織その中で考えていた以外のことが起きたときに全く対応ができなくなると言うことなので、これからは、考えていること以外のことが起きることを想定する、壊れることを覚悟する、壊れても大丈夫なように準備をしておくということを、設計の思想や制度として社会システムに組み込んでいかなければいけません。また、それを新しい学理として発信していくことも必要です。東日本大震災は確かに悲惨な経験ですが、一方で、設計理念とか社会基盤の作り方の考え方を変える機会かも知れません。

ものの壊れ方がわかることで社会がより安全になる

 壊れることを覚悟する、壊れても大丈夫なように準備をしておくという考え方をさらに発展させた形として、「壊れ方をコントロールするような設計ができないか」ということも考えてます。

 壊れ方をコントロールするのは力学的に難しくてチャレンジャブルな研究です。しかし、壊れ方をコントロールしどのように壊れるかがわかれば、壊れ方が違うものを組み合わせることで社会としての安全性を確保できるようになります。つまり、「壊れてしまうからごめんなさい」ではなく、「このレベルまではこの構造物が機能するが、それ以上の外力については機能を果たさなくなるので、次の構造物なり施策なりで社会の機能を守ろう」ということが可能になり、これが、重層的なフェイルセーフという考え方につながります。

 重層的なフェイルセーフは、構造物対策のみにより達成されるものではありません。構造物や様々な施策を段階的に配置することです。また、防災機能だけではなく、他の社会システムにも適用できるものです。社会システムはいくつものサブシステムがあつまって全体の社会システムとして成り立っています。重層的なフェイルセーフが施された社会では、サブシステムが壊れることを科学的に織り込むことで非常時にも社会システムとして成り立ち続けることを目指すものです。

 今後も重要な社会基盤構造物については、ある程度大きな外力にまで耐えられる設計をすることは必要です。しかし、これまでのように、その構造物が壊れないという考え方でなく、あるレベルでその構造物が壊れることを認め、をそれを織り込んだ形の街作りまちづくりや社会システムとすることで、災害時にも人命を失わないような形に持っていくことが、いま土木工学に求められている責務だと思っています。

 このような、ハードからソフトまでの施策を適用した重層的なフェイルセーフという考え方を取り入れることで、被災地からの高台移転とう解決策のほかにも、学理に基づいた住み方の選択肢を提供できるとも考えています。

研究課題を共有する場、研究成果を海外に発信する場としての防災科学研究拠点

 私がここで述べている重層的なフェイルセーフという考え方は、防災科学研究拠点としてもある程度コンセンサスのとれたものになってきています。また、この考え方は、「ものは壊れるという考えを取り入れる」という研究の姿勢を唱っているもので、実際に研究者が取り組むべき研究課題は、これまでの研究の延長線上にあります。防災科学研究拠点は、このような研究課題を様々な分野の先生方と共有する場としての機能を果たすことが期待できます。

 一方、壊れることを考えた設計は、新しい設計理論です。この考え方を裏返しで見た場合、予算、材料に応じた最適設計という方法論に展開できる可能性があります。お金が無いから低品質で我慢しろというのではなくて、ある条件の下での最適設計では、このような性能を持った構造物ができ、それはこういう壊れ方をするのだということを事前に理解できる。それも工学的に裏付けられたものであるとなれば、これは、いままでとは次元の違う物作りとなりうる可能性を持っていると思います。そして、そういったものは、様々な面ので資源の限られている開発途上国に適用できる設計思想のはずです。












 京谷 孝史 (きょうや たかし)
 東北大学大学院 工学研究科
 土木工学専攻 教授
 工学博士

 専門:岩盤力学
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