東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に関する情報

インタビュー ~防災科学研究拠点のメンバーからのメッセージ~


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被災者を苦しめる二次被害を防ぐために

阿部 恒之 (東北大学大学院 文学研究科 教授)


守るべき対象がある人ほど災害の備えをする

 私の専門は心理学です。その中でも主に感情が対象であり、災害に関しては、「災害と感情」という観点から、「防災に備える心理」を研究してきました。具体的には、災害への備えは大事だと頭で解っているのに準備ができないという問題です。頭で解っているのにできないということは、なにか感情的な、あるいは心理的な抑制がかかっているはずです。その抑制を解除する鍵を見極めることが防災準備促進につながるのではないかと考えて研究を進めてきました。

 この研究で見えてきたのは、自分が守るべき対象を持っている人ほど災害に対する準備ができていたということです。つまり、いつ来るかわからない災害への備えは、守るべき対象の存在によって具体的な行動に結びつくのです。東日本大震災で実際に自分も被災してみて、この結果に納得しました。

 しかし私の研究の関心は、3月11日以降、一変しました。これまでは、ある意味漠然とした将来の災害に備えての研究だったわけですが、3月11日以降は、震災発生後の暮らしの安全が気になるようになってきました。不幸にも東京で大災害が起きてしまったとき、何がこわいか?今回の災害で新たに見えてきたことは、阪神大震災以降まったく問題視されてこなかった略奪行為などへの懸念です。とういのは、仙台では略奪を懸念して、コンビニに新聞紙をはるという現象が実際にありました。メディアではあまり報道されていませんが、火事場泥棒的な被害も意外とたくさん発生しています。

 今回の災害でも、全体で見た場合、被災者はパニックをおこさず、冷静に行動し、世界から称賛されました。実際、犯罪件数を調べてみても、昨年の同じ時期より減少しています。これは阪神・淡路大震災以降の震災に一貫した日本人の美徳です。しかし今回は、略奪やパニックの芽ともいうべき現象が観察されました。もしかしたら次の大震災では・・・という新たな心配が浮かび上がってきたのです。

 そのような懸念から、例えば、略奪が起こる条件とそうでない条件を明らかにして、略奪の発生を防ぐにはこうすれば良いという処方箋が描ければと思って研究を進めようとしているところです。略奪とかデマに右往左往させられて、避難生活が苦しくなるようなことの無いような社会的な条件を見つけ出すというのが研究の最終目標です。

 この目標を達成するために、例えば、緊急避難として許される行為と略奪として許されない行為の境目を探るような研究が必要になります。緊急時の人々のふるまいは、国や被災の程度によっても違うと思います。また、そういうふるまいは、社会生活のマナーと地続きの部分があるのではないでしょうか。山手線の整列乗車と非常時に乱れず給水車に列をなすことは、心理的には同根ではないかと思うのです。これを明らかにするために、聞き取りや情報収集、さらには積極的な調査、実験を行い、地域や人による違いの傾向を明らかにしていくことを考えています。

揮発してしまう情報を記録を今すぐに

 東日本大震災は、色んな意味で「幅広い」というのが私の中のキーワードになっています。被災地域も東北地方の南北にわたって広いですし、被災の程度も海岸地域の甚大な地域から比較的軽微なところまで大きなバリエーションがある。生活の程度も、いまだに避難所生活の方もいればもうすでに普通の生活をしている人もいます。

 私自身は、そのギャップをうまく受けとめ切れていない状況です。すでに日常生活を送るまでに回復したところのすぐ近くにいまだにあの日のままの生活をしている人がいる。自分では仙台は復旧したと思っていたのですが、海辺に行けばまだ瓦礫が山積しています。テレビには毎日、避難所の厳しい生活が映し出されます。今の状況はこうだ、ここまできたという全体像が描けないのです。これが、地域が比較的限定されていた神戸や中越の災害と大きく違うところで、津波の被害がそれを際立たせているのだとおもいます。

 私が今一番やらないといけないと考えていることは、震災後の記録、とくに揮発する情報の記録をきちんと残すと言うことです。物理的な記録はかなり綿密に正確なデータが残されていくと思うのですが、どこでどのような諍いがあったとか、どこでどのような助け合いがあったとか、そういう人間の振る舞いや社会的な変化などに関する記録は残りにくく、被災の記憶が消えないうちが正念場だと思ってデータを集めています。集めている地域は、沿岸の被災地や仙台に限ったものではなく、非難の窓口となった山形など、被災地周辺のものも集めるようにしています。

 人の振る舞いや社会の変化に関する良質なデータの一つとして、日記があります。日記は自分自身が体験したこと、そして、それが何月何日だったということがかなり確度の高い情報として記録に残ります。そういったデータを集めるために、各方面にお願いをして、日記を提供してもらえる方を募っているところです。

問題解決指向の研究を

 東北大学が被災者になったことで、様々な分野の研究者が災害の実感を持って災害研究に取り組むことができるようになりました。被災者となった様々な領域の研究者がお互いに連絡をしながら研究をしていくことは、特に今後の備えと言う意味では、非常に有益で良質な研究コミュニティとなるでしょう。

 災害対策はきわめて学際的なもので、学問と学問の間にも重要な課題があります。ただそれは、「学」としての面白味に欠けるが故にこれまでは研究の対象とされず、その対応を行政に任せていたところもあります。そういったものに対して課題をたてていき、研究を行うことで研究コミュニティとしての拠点の強みが発揮できるのではないでしょうか。

 また、「災害・震災のことだったら東北大の研究拠点に聞けばなんでもわかる」というような全ての窓口機能を担えるようになれば、世界に貢献できるはずです。












 阿部 恒之 (あべ つねゆき)
 東北大学大学院 文学研究科
 人間科学専攻 教授
 博士(文学)

 専門:心理学
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